草日誌

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2026年2月18日

ソラノマド|高山なおみ 
雪の日

| 雪の日 |
 
 日曜の朝、起きたらうっすらと雪が積もっていた。窓を開けると、ちらちら光る粉が部屋の中に入ってくる。向かいの屋上や木々に積もった雪が、風で飛ばされているのかな。

 寒いけれど、窓を開けたままラジオ体操。あんなに眩しかった海の光は、ほとんど見えなくなった。季節が動いて太陽の位置がずれたのだ。

 洗濯物を干すときにはまだ晴れていた。このまま溶けていくのだろうとばかり思っていたら、気づけば部屋が薄暗い。そのうち向こうが見えないほど降ってきて、杉の木も、前の道路もあっという間に積もった。

 音もなく、ひっきりなしに舞い落ちる。ずっと見ていると、自分の体が空に上っていくみたい。

 雪が降ると、窓辺で何かしたくなる。

 本棚に吊り下げている布に、小さなしみがついていたのを思い出した。裁縫箱を出してきて、腰掛ける。刺繍といったって、チェーンステッチしかできない私。ときおり窓を見上げながら、しみのまわりを辿って刺しているうちに、なんだか雪の模様みたいになってきた。

 とちゅうで台所に立つ。水道の水が氷みたい。ミルクパンに注いで、煮立ったら、紅茶の葉っぱを山盛り1杯。本当はミルクティーがよかったのだけど、こんな日に牛乳を切らしているなんて!

 窓を見ると、いちめん真っ白。海も空も街も、どこもかしこもみんな隠れた。
 そうだ、あの絵本を読もう。

 『しろいゆき あかるいゆき』(絵:ロジャー・デュボアザン)は、アメリカの作家アルビン・トレッセルトが紡ぐ、小さな村の冬から春の芽生までの物語。

 郵便やさん、お百姓さん、おまわりさんとその奥さん、うさぎや子どもたち。それぞれが気づく雪の前ぶれ、雪の日の過ごし方が描かれる。

 江國香織さんのやわらかな訳が、たまらなく心地いい。

 私はとくに、「おまわりさんは さむけがしたものですから、ベッドのなかで やすむことにしました。おくさんが ゆりいすにこしかけて、おまわりさんのえりまきを あんでいます」のところが好き。

 物語は、こんな一編の詩ではじまる。

 しずかなよるに ふうわり おっとり
 きたのそらから しいんと しろく
 ひひと ふる ふりつもる こっそりと まいおりて
 しずかなよるに ふうわり おっとり
   ・
 しろいゆき あかるいゆき なめらかに ふかく
 かろやかなゆき よるのゆき ねむったように しずか
 ふってくる ふってくる おともなく
 ふってくる ふってくる こおれる ちじょうに
   ・
 みちをおおい かきねをかくし
 すべてのすきまに あらゆるみぞに
 いくおくもの ゆきのかけら ちいさくて みがるな
 しずかなよるに ふうわり おっとり

 けっきょくその日曜日は、午後遅くに太陽が出て、道路の雪を溶かした。

 その隙に私はダウン・ジャケットを着込み、フードをかぶって坂を降りたのだ。選挙があったから。

 坂道のところで、小学生の男の子に声をかけられた。

「すべりますから、気をつけてください。僕もさっき、すべったんです」

 いつもは会釈し合うだけのマンションの住民も、車で通りかかったとき、「大丈夫? 乗っていきますか?」と声をかけてくれた。

 パン屋さんでも、レジの方から「すべるので、気をつけてくださいね」。

 雪の日というのは、真っ白な景色を味わった者どうしに息づく、ゆるやかな連帯感のようなものがある気がした。みんなやさしく、みんな、少しだけはしゃいでいた。

 ぶじに選挙を終えた私は、また降りはじめた雪のなかをすべらないようゆっくり歩き、駅前のスーパーで牛乳と卵、塩ラーメン、コーンの缶詰、もやし、スナップエンドウを買った。
 

 
 
 
 
〈 了 〉
 

 
文・写真 高山なおみ
 
 
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高山なおみさんの本 → 『毎日のことこと』

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