草日誌

草日誌

2018年1月30日

第1回 映画とごはんの会
『イヨマンテ 熊おくり』

信陽堂アトリエにて、
民族文化映像研究所の映像アーカイブを中心に映像作品を上映する会がはじまります。

第1回の上映作品は『アイヌの結婚式』です。

日時 2月11日 19時上映開始(開場は18時30分)
会場 信陽堂アトリエ(文京区千駄木3-51-10-1F)
参加費 3000円(税込み、ワンドリンクと軽食付き)
定員 10名
ご希望の方は shinyodo@me.com まで、件名を「映画とごはんの会 参加希望」として、氏名、連絡先をお送り下さい。
のちほどこちらからご返信さし上げます。

撮影当時、すでに数十年おこなわれることがなく、明治生まれの古老さえ見たことがなかったアイヌ式の結婚式が行われたのは1971年のこと。ひとりのアイヌ女性の強い希望から実現した、萱野茂氏ら二風谷の人々の記憶と、ユーカラ、ウエペケレなどの伝承から再現された結婚式の記録です。
この映画、いっしょに観て、おしゃべりしたいです。

「映画とごはんの会」は
作品の上映と、そのあと1杯のお酒とおつまみをご用意した会です。
ゲストに、民映研の創立メンバーでこの映画の撮影も担当した伊藤碩男カメラマンと、毎月南青山で民映研の映像を連続上映している「シュハリ」( @ShuHALLI )から箒有寛さんをお迎えします。

おいしいお酒と肴とおしゃべりをお楽しみください。
おつまみとごはんは「たまや」が担当します。

「映画とごはんの会」のルールはふたつ。
1)自己紹介は必要なし
2)感想を求めない
とはいえ、映画を観たあとには浮かび上がるいろいろは思いがあると思います。
どんどんおしゃべりしてください。
湧きあがる疑問には、博覧強記の伊藤さんが驚異の記憶力をもって答えてくださるはずです。

こちらから予告編もご覧いただけます。→ クリック

『アイヌの結婚式』(民映研FBより転載)
文部省選定/1972年東京都教育映画コンクール奨励賞/イタリア・ポポリ映画祭入賞
1971年/33分/北海道沙流郡平取町二風谷

(作品解説)
 1971年4月10日、北海道二風谷(にぶたに)で、アイヌ流の結婚式が行われた。新婦小山妙子さん、新郎貝沢三千治さん、ともにアイヌの血を受けた人である。
 明治時代以降、内地日本人の進出と圧迫によりアイヌの生活文化は変容を迫られ、それは結婚式にも及んでいた。過去7,80年、アイヌ流の結婚式は行われていないという。そのアイヌ流結婚式の実現の契機となったのは妙子さんの決意であり、それを支えたのが萱野茂さんをはじめとする二風谷に住むアイヌの人たちであった。
 ウウェペケレ、ユーカラなどの伝承、古老たちの見聞をもとに行われた結婚式。そして、その復活に参加したアイヌの人たちの想い。これは、アイヌ(アイヌ語で「人間」の意味)民族精神復興運動の先駆的あらわれの記録である。そして、これに続く民族文化映像研究所制作のアイヌの生活文化の記録8作品の第1作目となったものである。
 結婚式を前にして贈り物が交換される。女は刺繍をした手甲を、男は彫刻をほどこしたマキリ(小刀)を渡す。そして男の家から女の家へのイコロ(宝物)渡し。男の住む村では、新婚夫婦の家づくり、ご馳走の準備がされる。そして出発の時、母親は、娘の腰にラウンクッを巻く。素肌に直接巻かれる。その結び方は母から娘へと伝えられてきた、アイヌ社会に底流する母系制のしるしである。花ゴザに包んだわずかな荷物を背負って花嫁は花婿の村へ向かう。
 結婚式の儀式。エカシ(長老)が、火の神への祈りをする。花婿と花嫁はトゥキ(高盃)に盛られたご飯を分け合って食べる。続いて、宴が始まる。鮭汁とシト(団子)がふるまわれ、ウポポ(すわり唄)、ハララキ(鶴の舞)、ホリッパ(群舞)などアイヌの唄と踊りが夜更けまで賑やかに続く。その間に新郎新婦の床入りの儀礼が行われる。
©民族文化映像研究所

Facebook Twitter google+ はてなブックマーク LINE
← 前の記事本とは、人のいとなみが残した影
次の記事 →〈ラ コリーナ〉11号
完成しました

関連記事