草日誌

草日誌

2025年5月2日

ソラノマド|高山なおみ 
「うみのもり」のこと

 
 
| 「うみのもり」のこと |
 
 
 うみのもり
   
まどから あめが ふってきて
つくえの うえの パンを ぬらした
まどから ひかりが ふってきて
ゆかの うえに つきを つくった
まどから よるが やってきて
ぼくは えふでを おいた

ふるえる うたの その のどを
こなごなにしたい
ギター つまびく きみの ゆびを
たべてしまいたい

まどから うみが おしよせて
ぼくの ベッドを ながしたから
ぼくは ひろった はね つけて
うみのもりに こぎだした
うみのもりに こぎだした

ふるえる うたの その のどを
こなごなにしたい
ギター つまびく きみの ゆびを
たべてしまいたい
うみのもりに こぎだした
うみのもりに こぎだした

作詞:高山なおみ/作曲:末森樹/2016年 
 
 
 
 『うみのもり』は版画家で絵本作家の山福朱実さんに、歌詞を書いてくれないかと依頼されてできた詩です。

 朱実さんはもともと、私がシェフをしていた吉祥寺のレストラン「KuuKuu」の常連さん。絵本作家たちが大勢集まる宴会席の、歌姫のような人でした。

 レストランを辞めて料理家になってからは、ずいぶん長いこと会う機会のなかった朱実さんだけど、ある日、私の絵本の絵を描いてくれた画家の中野真典さんのおかげで、再会することができました。私たちは百合ヶ丘にあった朱実さんの家に、紙版画を教わりにいったのです。

 その日のことは忘れられない。日向夏や柿、栗、マルベリー、パッションフルーツにグミの木。一坪菜園にも野菜やハーブなどがのびのび育つ朱実さんの家。いっぱいに開けた2階の窓からは、庭を渡って風が入ってきました。中野さんと私が紙版画に熱中していると、デュオを組んで間もない末森樹君のギターに合わせて練習をしている朱実さんの歌声が、隣の部屋から聞こえてきました。1階の台所では、朱実さんのお母さんがごちそうをこしらえ、私もときどき手伝いに下りました。

 そのあと窓辺に移動し、腹這いになって別の版画を彫っていたら、庭に咲くオレンジ色の花の向こうで、羽根を拾っている中野さんが見えました。

 あの日の日記に私は、「みんな、別々の体(指や耳や鼻や目や)と心を持っているのに、目に見える場所ではいっしょにいて、それぞれのものを好きなように作り出している」と記しています。

 数日後、中野さんの版画を見ているうちに、この詩ができました。朱実さんがとっておいたメモによると、最初は「きみのもり」。きっと、あの日、あの場所にいた3人の森について、描こうとしていたんだと思うんです。ひとりひとりの体の奥に息づく、はかりしれない森を感じたから。

 それから一年がたって私は神戸に引っ越し、窓から見える空と海が、私の「うみのもり」だったと気づきます。

 樹君が曲をつけてくれたこの詩は、その後、ふたりのライブで必ず歌われるようになり、私と中野さんも、彼らとお母さんの暮らす北九州の家に、年に一度は遊びにいっています。

〈 了 〉

文・写真 高山なおみ

ほかの回を読む → こちらから

← 前の記事映像作品〈鎚の音〉
 鍛冶屋・中畑文利さんの記録

関連記事