草日誌

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2026年11月1日

ソラノマド|高山なおみ 
新しい場所

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夏のはじめに上京したとき、新幹線の新横浜駅で下りた。そして「どの車両に乗ればスムーズか」のメモを頼りに、ふたつ電車を乗り継いだ。メモは、20年来の友人川原さんが、方向音痴の私のために教えてくれた案内だ。

すごろくの駒をひとつひとつ進めるようにたどり着いた駅は、思ったよりも広々としていた。ひとまずベンチにリュックを下ろし、伸びをひとつ。

行き来する人たちの様子が東京とはなんとなく違う。どこが違うんだろうなあと思っていたら、吉祥寺にいたころとちっとも変わらない川原さんがやってきた。見慣れた帽子に、斜めがけの布バック。春の上京でも会ったばかりなのに、なんだかやたらに懐かしく、嬉しくて思わず握手をした。

川原さんが実家のある横浜に引っ越しを決めたのは、長年住んでいた吉祥寺のマンションが、ついに取り壊されることになったから。私にとっても思い出深いその部屋には、神戸に移住してから何度も泊めてもらった。

実家から歩いて10分もかからないところに、新しいマンションをみつけ、5月に引っ越しをすませた川原さん。仕事部屋には、ほとんど毎日お弁当を持って通っているけれど、寝室がなかなか片づかず、まだいちども泊まったことがないという。それで私も、実家の方に泊めてもらうことになった。
 
バスは駅前のロータリーをぬけ、はじめての街をぐんぐん走る。行きすぎる窓の景色に私は釘づけ。次からはひとりで来れるよう、覚えておかなくちゃ。

しばらく走って角を曲がると、坂道になった。そこから先は停留所がなく、下りたい場所でブザーを押せばいいそうだ。

バスを下りて角を曲がると、丘の上の細長い公園。

ふたりでよく散歩した、玉川上水みたいな小径だなあと思いながら歩く。そして、緑に囲まれたゆるい階段をゆっくりと下りていく。

「ここって、もしかしたら、川原さんのお父さんがよく散歩していたところ?」
「うん、そう。足を鍛えるために毎日歩いてた。ゆっくりだけどね」
「そうか、ここなんだ」。

お父さんは、一昨年のクリスマスに亡くなった。それからは、お兄さんか川原さんが週末だけ順番に帰省することにしていたけれど、ふだんは90歳のお母さんが猫とひとり暮らし。

前に、川原さんと取り替えっこをした、蘇す芳おう色いろとグレーの格子柄のコートを若いころに着ていた、あの、おしゃれで洋裁が得意なお母さんだ(「窓辺のちくちく」に書きました)。

目の前に、三角屋根の洋風な家が見えてきた。アルプスの街並みにでも建っていそうな、天窓のついた大きな家。

いいことを思いついたとばかりに、「あの素敵な家を目印に、階段を下りていったらいいね」と私。川原さんは小さな声で、「あそこが、うちなんだ」と照れくさそうに言った。

そこは、ほんとうに素敵な家だった。

高台にあるので空が大きく、川原さんの寝室の窓からも、ゴーヤーやナスやトマトが育っているテラスからも、夕陽が沈む薔薇色の空が見えた。

晴れた日には、遠くの方に富士山も見えるテラス。何度も話を聞いていた、川原さんの実家に自分がいて、空を仰いでいることの不思議。

「自由に使ってね」と貸してくれた、1階の和室に荷物を入れ、布団を敷いた。

年代物の簞笥の上には小さな祭壇が供えられ、吉祥寺の部屋にも飾ってあった、川原さんの大好きな叔父さんと叔母さんのモノクロ写真。ふたりとも、もうずいぶん前に亡くなったことを私は知っている。

お父さんの写真は、はじめて見た。背の高いダンディーな人だったんだ。ちょっと、川原さんに似ているな。

すだれ越しに外の光がもれ、ひっそりと静かな空気。リビングからお母さんと川原さんの話し声がする。

旅に出ると眠れなくなる私が、その晩は、神戸にいるときよりもぐっすり眠れた。

3泊させてもらったうちの朝ごはんは、お母さん(ホームベーカリーで焼いたパン、いろんな野菜のせん切りサラダ)と川原さん(果物と自家製ヨーグルト)、夕ごはんは私が作った。

1日目は、エビのお刺身&カルパッチョ、ピーマンの炒め煮、セロリときゅうりの塩もみサラダ、エビの殻とにんにくとセロリの葉をよく炒めて味出しし、サフランを加えて煮込んだトマトソースのパスタ(ズッキーニ入り)、クラフトビール。

2日目はトークイベントで青山に出かけ、外食。

3日目の夕ごはんは、前日から煮込んでおいた牛すじと大根の中華風煮込み、大根の皮のきんぴら、セロリとしょうがの和え物、ぬか漬け(川原さん作・なす、にんじん、きゅうり)、ご飯、ノンアルコール・ビール。

食卓にはいつも、パリッとした麻のクロスがかかっていた。刺繍をしたのは叔母さん。レースの縁飾りは、叔母さんのお姑さん。ほつれたところにお姑さんのかぎ編みのモチーフを当てて繕ったのは、お母さん。

キッチンの隣はユーティリティ・ールームになっていて、使い込まれた料理本のほかに、雑誌の切り抜きや手書きレシピのファイルが並んでいた。

ローストビーフに、つけ合わせの野菜のピューレ(じゃがも、にんじん、かぶ、セロリ)に、皮からこしらえる餃子。

別のローストビーフのレシピには、グレービーソースとベイクドポテト。プルーンを一緒に煮込んだトンポーローに、蒸し豚、蒸し魚、蒸し野菜など、何にかけておいしい万能だれ。

レタスとアンチョビのスパゲッティ、シチューの残りを利用してこしらえるドリア。

そこには、子どものころからの私の憧れがいっぱいに詰まっていた。

料理上手なお母さんは、お父さんが亡くなってからは手のこんだことをしなくなってしまったけれど、昔から料理が好きで、なんだかんだと工夫しては家族に振るまっていた、とよく川原さんから聞いていた。

でも、こんなに本格的だったとは!

何でも分かっているつもりでいた川原さんのことも、私はちっとも知らなかった。実家にいる新しい川原さんが、肌を伝って、私の体にしみこんできた。

人見知りがちなお母さんと、知らない人が来ると、怯えてどこかに隠れてしまう猫のラブちゃん。

川原さんの心配をよそに、ラブちゃんは足音がしても隠れることなく、離れたところから私をじっとみつめてくれた。

帰り際、お母さんに挨拶をしたときには、手を握られた。

「また来てね。あなたが来ると、おいしいものがいろいろ食べられてうれしいわ」と、花が咲いたような笑顔で。
 
私の母はもういないけれど、川原さんのお母さんがいる。
 
これから上京するたびに、また3人と1匹で過ごせることを思うと、胸の奥にポッと光が灯ったようになる。
 
こんど東京で仕事があるときには、あの駅から都心に通うんだ。
 
親友にとっての新しい生活の場は、私にとっても新天地なのだなあと思いながら、神戸に帰ってきた。
 
   

 〈 了 〉
 

 
文・写真 高山なおみ
 
 
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高山なおみさんの本 → 『毎日のことこと』

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