草日誌

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2023年12月11日

田中望さん作品集
『千兎』のこと

うさぎたちが導く
奇想の天地へ
アーティスト・田中望
はじめての作品集

全幅数メートルの巨大な画面に奔放精緻に描かれた奇想の天地と数千の兎を、
絵にもぐり込むように接写して再現した驚異の画集が、ついに完成しました。


「火の同盟」

田中望さんは座礁鯨を描いた大作「ものおくり」で2014年VOCA展で大賞に輝きアートシーンに鮮烈に登場、その後もさまざまな地域に滞在し、その地に暮らす人たちと農作業、年間行事、祭礼などをともにし、土地の伝承や民話などのフィールドワークから作品を作り続けてきました。
時に全幅数メートルにも及ぶ巨大な画面に、奔放に、精緻に描かれた奇想の天地と、画面を埋めつくす数千もの兎。
デビュー作(東北芸術工科大学卒業制作)にして代表作「ハレノノヒ」、参詣曼荼羅の形式を借りて描かれた「山の神の縁日」「火の同盟」はじめ6作品を収録。単なる複写ではなく、絵の世界にもぐり込むように接写、一枚の作品を数十の場面で再現した驚異の作品集です。

2011〜12年にかけて制作した卒業制作の「ハレノノヒ」は私にとって最初の作品といえるものです。民俗学から「人はどうやって生きてきたのか」を学ぶなかで、国家や「日本」という大きな枠組みよりも、地域で受け継がれてきた文化やくらしの形に興味を持つようになりました。と同時に、その地域性が失われていくこと、暮らし続けることが難しい環境に身を置きながら「その土地で暮らすこと」について考えたいという思いがありました。また、絵に描くことで、そうした地域で受け継がれてきた食文化や手仕事に関わる人々と繫がることができるのではないかという考えもありました。(田中望「収録作品について」より)

本書は2021年暮れから2022年2月、酒田市松山文化伝承館にて行われた 「田中望絵画展 自然の営み人の営み」に出品された作品を撮影し、制作しています。
写真は展示風景です。

左手前は幅6.6メートルの「ハレノノヒ」、奥に吊られているのは「山の神の縁日」、高さ5.5メートルの作品です。見上げても天辺は遠く、何が描かれているのか判然としません。作品の大きさを感じていただけるでしょうか。


「ハレノノヒ」展示風景

古来、画中の人物の視点を借りて風景を楽しむ鑑賞法を臥遊といいました。
本書では、画面を埋めつくすように描かれた数千のうさぎ、画中の天地、うさぎに託された人間のいとなみを余すところなく鑑賞できるように、読者が遠景、中景、近景を自由に行き来しながら画中の天地を逍遙し、実際に絵の前に立ち作品をのぞきこむように細部までくまなく体験することを意図して、正面からの全体像だけでなく、細部に潜り込むように撮影して収録しました。撮影は下村しのぶさんに担当いただきました。

ページを開き、田中望さんが描く世界をじっくり味わっていただけたら幸いです。

「ハレノノヒ」部分

「ハレノノヒ」部分
「ハレノノヒ」部分

「ハレノノヒ」部分

集落の方々に手取り足取り教わりながら鍬を握り、泥すくいをし、コンバインを運転させてもらい、郷土料理や山菜の種類・食べ方・加工や保存を教わったりしました。(……)5月、まだ雪が残る早春に雪解け水できらきらとした萌木色の森を歩き、初めて山菜が採れる沢に連れて行ってもらいました。登山道ではない地元の人が山菜をとるための道の先にあるとある場所で自分の手で山菜を採ったとき、「あぁ自分はこうやって生きたかったんだ」と心臓が震えるほど嬉しかったことを覚えています。(「収録作品について」より)

「山の神の縁日」部分

この作品は参詣曼荼羅を模しています。曼荼羅は経典に基づきその信仰の世界観を象徴的に表したものです。儀式や祭りの際に置かれることで、場に特別な意味を持たせたり、その信仰の世界を再認識するための「装置」となるのではないかと考えました。(「収録作品について」より)


「火の同盟」部分
「火の同盟」部分

「火の同盟」部分

余談になりますが、酒田と東京の二拠点で活動する写真家・下村しのぶさんに撮影を打診すると、すでにこの展示を見ており非常に感銘を受けた、とのこと。ふたつ返事でご快諾いただきました。限られた時間の中で的確に撮影いただけたのは下村さんが田中さんの世界に親和していたからに違いありません。

私たちが田中望さんの作品に出会ったのは、2014年。上野の森美術館で開催されていた「VOCA展」でのことでした。大賞を受賞した田中望さんの「ものおくり」は、海辺に座礁した鯨を描いた作品です。巨大な画面に横たわる鯨と生々しい血の色。環を描いて何か祭礼を執りおこなう人々……と見えたのは無数のうさぎたちでした。なぜうさぎなのか。すぐに鳥獣戯画を思い浮かべました。が、描かれているのは戯画ではなく、もっと切実な何かであるように思えました。その作品に、その作品を描いた作家に惹きつけられました。以降、関東で展覧会が開かれるごとに足を運び、新しい作品を追いかけ、この作品集の制作に繫がりました。
作品の撮影にご協力いただいた松山文化伝承館、アートフロントギャラリー各位に感謝いたします。

田中望プロフィール
たなかのぞみ/1989年宮城県仙台市生まれ。東北芸術工科大学博士後期課程修了。現在東北工業大学講師。衣食住をはじめとした暮らしを取り巻く環境とそのコンテクストからなる場所を対象に芸術的アプローチからフィールドワークを行い、その土地の文化、歴史、固有の気候風土のなかで営まれる人々の暮らしなど、そこで触れたものから生じた問いを表現してきた。

『千兎』 
田中望/絵、文
菊判(210ミリ×150ミリ) 168ページ

撮影 下村しのぶ
デザイン 伊藤裕(Erykah)
校正 猪熊良子
翻訳 ディエゴ・マルティーナ
編集・構成 丹治史彦、井上美佳(信陽堂)
印刷監理 浦有輝(アイワード)
  製版 小田容子(アイワード)
  進行 石橋知樹(アイワード)
表紙活版 日光堂
製本 新日本紙工
協力 松山文化伝承館、アートフロントギャラリー
ISBN978-4-910387-07-9 C0071

価格=4,620円(税込)
送料=250円

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