草日誌

草日誌

2024年7月15日

高山なおみさんと
『毎日のことこと』のこと

細かなところまで
思い出せば思い出すほど
あのころに起こった
すべての出来ごとに
やさしく抱かれている

暮らすこと、食べること、季節のこと
からだの奥でおぼえているちいさな「ことこと」を大切にひらく36のエッセイ。

神戸に暮らすようになって六年目、地もとの新聞社の方から、月にいちどエッセイを書いてみませんかとお誘いがありました。掲載は土曜日の朝刊。朝の光を浴びながら、のんびり読んでくださるといいなと思い、私の身のまわりで起きた、日々のささやかな出来ごとをみつめ、綴っていくことにしました。
タイトルはまず「ことごと」という言葉が浮かびました。次に浮かんだのは「ことこと」。煮炊きの音コトコトです。すると自然に、いつかの旅で出合った忘れられない一皿や、普段着の簡単なごはんのことなども書きたくなってきました。文章だけでは少しさびしい気がして、写真や小さなイラストも添えることにしました。
(「おわりに」より)

料理家でたくさんの著作もある高山なおみさんが、遠くに住む友だちに宛てた手紙のように、神戸での暮らしを3年にわたり綴ったエッセイ集です。
2021年4月〜24年3月、神戸新聞の連載を一冊にまとめました。
  

今朝は、霧。窓の外がまっ白に膨らんで、空も海も街も見えません。さすがは梅雨のまっただなか、街の方から見たら、私のいるマンションは山ごと霧に包まれて何も見えないんだろうな。
濃い霧に覆われると、耳が遠くなったような感じがします。街の音も、私が立てる生活の音も、何もかもが吸い込まれ、茫々とした静けさに包まれるのです。まるで、体ごと霧に埋もれてしまったみたい。雪の日にも似ているけれど、どこか違う。なんだか目に見えない大きなものに、抱かれているようです。
こんな日は自分にもぐり込み、書きものをする日和なので、午後もずっとパソコンに向かっていました。
(「雨とアイロン」より)


 写真:枦木功

高山なおみ◎1958年静岡県生まれ。料理家、文筆家。日々の生活の実感が料理になり、言葉となる。
画家、絵本作家、音楽家、作家などのさまざまなクリエイターが夜ごと集う店「諸国空想料理店 KuuKuu」のシェフを1990年から2002年まで勤め、その後料理と文筆の道へ。 日記エッセイシリーズ『日々ごはん』『帰ってきた日々ごはん』、『新装 野菜だより』『料理=高山なおみ』『自炊。何にしようか』、『ロシア日記―シベリア鉄道に乗って』『本と体』『気ぬけごはん』『暦レシピ』、絵本『どもるどだっく』『たべたあい』『それから それから』(以上、絵・中野真典)など著書多数。2016年、東京・吉祥寺から神戸・六甲へ移住し、ひとり暮らしをはじめる。



本文は3年分の連載を一年ごとにまとめ、その間にはアルバムページを設けました。


表紙は、簀の目が見える白い紙に地紋を敷いています。
タイトルと著者名は新聞連載の時から使われていた高山さん手描きのものを活版印刷で印刷しました。
オフセット印刷はアイワードさん、活版は日光堂さん、製本は加藤製本さんのお仕事です。

*表紙に時々入っている「カラフルなチリ」について:表紙に使用した「ポルカレイド」という紙はデザイナーの名久井直子さんと平和紙業さんが共同開発した紙で「海外でひろった、ちょっと変だけれど、素敵な紙で、風合いがガサッとしているのに、よく見るとチリの色がカラフル」というイメージで作られました。ランダムに入ったピンク、オレンジ、ブルー、グリーンなどのチリ=細かな紙粉も含めてお楽しみください。

高山なおみさんとの出会いは、いったいいつのことだったのでしょう?
『日々ごはん①』を読みなおせば2002年の初めには『高山なおみの料理』の打ち合わせが始まっていますので、その少し前の2001年?
いつとは思い出せませんが、それよりもずいぶん前から高山さんのことは存じていました。
吉祥寺に「KuuKuu」という名前の料理店がありました。
駅から少し歩いたビルの地下、洞窟の入り口のような階段を降りてゆくと壁面には荒井良二さんの大きな画が描かれ、入り口のドアを入ったところにはススキコージさんの絵が飾られていました。
その建物の一階には絵本専門店「トムズボックス」や「カレルチャペック紅茶店」が入っていて、そのふたつの店に通っていた私たちは、帰りによく「KuuKuu」でごはんを食べました。
「諸国空想料理店」という看板を掲げるその店の料理は、いまでは珍しくありませんが、当時はあまり出会うことのなかったさまざまな香草やスパイスを使った不思議に美味しいものばかり。アジアなのか中東なのか東欧なのか中南米なのか、行ったことのない国の市場のような匂いがする店でした。
演劇や映画の関係者、俳優、ミュージシャン、絵描きや作家、何かものづくりをする人……そこに集まる人々もひと癖もふた癖もありそうな人たちばかり。「トムズボックス」での原画展の初日などは絵本作家やデザイナー、編集者らが流れてきて、お料理の匂いとともに不思議な熱が店の中に充満していたものです。
駆け出しの編集者の頃は、その空気を感じたくて通っていた部分もありました。つまり、憧れの店だったのです。
カウンターの奥の厨房をうかがうと、小柄な女性が何人ものスタッフを従えて、まるで踊るように大鍋をふるっているのが見えました。
店で配っているフリーペーパーに毎回高山さんが文章を書いており、読む人の襟首をぎゅっとつかむ不思議な力のある文章だなあ、と、鍋をふるう姿と重なって、いつしかファンにもなっていました。
その後、思いが叶って本をご一緒する機会に恵まれ(はじめてきちんとご挨拶した日にもちょっとしたエピソードがありましたが、それはここでは割愛)、一年かけて高山さんのご自宅でお料理の撮影をし、その都度お酒をいただき、みんなで笑い、悩み、朝まで話し込んだりしながら一冊の本が生まれました。
それが『高山なおみの料理』です。
その本で得た「お料理の本を作る」感触を手がかりに、私は2003年にアノニマ・スタジオを立ち上げました。
それから高山さんと一緒に作った本は『野菜だより』『記憶のスパイス』『おかずとごはんの本』『今日のおかず』『チクタク食卓』そして『日々ごはん』のシリーズ……
この『毎日のことこと』は、実に14年ぶりに高山さんと作る本になりました。
「神戸新聞」さんに3年にわたり書かれた連載がもとになっていますので、私たちがしたことは原稿を盛る器をつくること。
六甲山の麓で暮らす2024年の高山なおみさんの言葉を読者のみなさんに届けるためには、どんな姿がよいのだろう? この本をつくりながら、そのことばかりを考えていました。

『毎日のことこと』
高山なおみ 文・絵・写真
B6変形判 上製(170×116ミリ) 196ページ

協力 神戸新聞社
校正 猪熊良子
印刷進行 石橋知樹(アイワード)
編集+造本 信陽堂編集室(丹治史彦 井上美佳)
印刷 アイワード
活版印刷 日光堂
製本 加藤製本
ISBN978-4-910387-09-3 C0095

価格=1,980円(税込)
送料=250円

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