草日誌

草日誌

2012年9月24日

益子・土祭にて(続き)

一日半の滞在、益子の土祭から戻りました。
益子から東京に、時間にして2時間ちょっと。
益子は遠い場所ではありませんが、戻るともっと遠くに行ってきたような錯覚を覚えます。もっともっと長い間そこにいたような記憶の重りを感じます。不思議な場所です。

今回もたくさんの方の、さまざまな表現に出会いました。
場所と作品が呼応しているさまを目の当たりにしました。
印象に残る展示をひとつあげるとしたら(という設問自体が自縛していますが)、岡田酒店奥座敷での澤村木綿子さんの展示「いのちはつながっているのだから」でしょう。
立体作品をここに載せることはしません。どんな展示だったかは、会期中にぜひ足を運んでご覧下さい。
(これも展示の一部ですが)
床の間にこんな言葉が飾られていました。

ずっと、ずっと大昔
人と動物がともにこの世に住んでいたとき
なりたいと思えば人が動物になれたし
動物が人にもなれた。
だから時には人だったり、時には動物だったり、
互に区別はなかったのだ。
そしてみんながおなじことばをしゃべっていた。
その時ことばは、みな魔法のことばで、
人の頭は、不思議な力をもっていた。
ぐうぜん口について出たことばが
不思議な結果をおこすことがあった。
ことばは急に生命をもちだし
人が望んだことがほんとにおこった……
したいことを、ただ口に出して言えばよかった。
なぜそんなことができたのか
だれにも説明できなかった。
世界はただ、そういうふうになっていたのだ。
(エスキモー族 金関寿夫 訳)

古い酒屋さんの奥座敷の二階で、このことばとじっと向きあいました。

益子は、こういうことばと出会える場所です。
ことばがことばとしてではなく、
そこにあるものとして息をする場所です。
世界はただ、そういうふうになっているのです。
いまでも。
http://hijisai.jp/event/760/

Facebook Twitter google+ はてなブックマーク LINE
← 前の記事益子・土祭にて
次の記事 →お天気待ち

関連記事