草日誌

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2011年9月30日

立ち姿の印象
柏木江里子さんのこと

2011年10月1日から10日まで、京都のギャラリー「モーネンスコンピス」で柏木さんの展覧会が開かれます。

その展覧会で頒布する小さな冊子の編集制作を信陽堂でお手伝いさせていただきました。
『いちにち いちにち』という本です。
柏木さんが病床で、そこにある草花の姿を描きためたスケッチ。その絵に、柏木さんの友人で以前務めていた会社(サン・アド)の後輩でもあった青木美詠子さんが文書を添えました。
展覧会では、柏木さんが生前作られた和小物、手ぬぐい、ポストカードなどと、この本のもとになったスケッチブックも展示されるそうです。

どうして回り道して書いているんだろう。
どうして。
その言葉を書きたくないから。

昨年8月末、
柏木さんは、ほんとうに若くして亡くなりました。
『いちにち いちにち』は、柏木さんが亡くなるまでの時間を、草花の姿を借りて描きとめた作品です。
月光荘のスケッチブックに残された花の姿を見て、そこに柏木さんがいるように思えてなりませんでした。すっと綺麗に立って、少し色の付いた眼鏡の奥の瞳をいたずらっぽくくるくるさせて、あの少しかすれたような声で笑ってる姿が見えるようでした。柏木さんの、静かな芯の強さが花の中にありました。
そういう本の制作を担当できたことを、わたしたちは誇りに思っています。

展覧会にあわせて、みんなで小さな文章を書きました。
モーネンスコンピスのどこかに、それらの言葉があるはずです。自分たちの文書を再録させてください。

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6年前に大きな病を得た。退院し、自宅療養を経てようやく出かけられるようになったころ、ある集まりの席で柏木さんが声をかけてくれた。
それまで親しく話をしたことはなかったのに、心から心配してくださっているのが伝わってきた。そしてそれからお会いするたび、いつもあたたかい声をかけてくれた。あのころ柏木さんには、わたしはどんなふうに見えていたのだろう。
入院中、病室でひとり考えていた。当たり前のように、変わらぬ明日が来ると信じていたそれまでの自分に対する驚き。そしてそれが簡単に崩れてしまうことがあるのだという現実。もうだめなんじゃないか、と弱気になったり、いや負けるわけにはいけない、と強い気持ちを取り戻したり。
自分の「今」をまるごと受け止めるだけで精一杯で、頭の中を考えがぐるぐる巡る。柏木さんもそんな夜を何度も何度も越えたのではないかと思う。
窓からなにを見ていただろう。
なにを考えながら乗り越えようとしたんだろう。
いつかまたお会いするときがきたら、「あのときはねえ……」なんて、近況を伝え合うように話をしたい。厳しい毎日のなかにも必ずある喜びや楽しみ、そんな気づきについて話し合いたい。それまでは、少しでも柏木さんに近づけるように、柏木さんのように、優しい人になりたいと思っている。/井上美佳

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柏木さんは、最初ちょっとこわい印象でした。何が怖いと思ったのかいま思い出してみると、あの声や眼鏡の奥からこちらを見る目や、考えながら話す時の単語と単語の間の時間とか、そういうこと。つまり、あとになると柏木さんの安心感として思い出せることがそのまま、第一印象としては「こわい」と思ったようです。こわいのはきっと、自分がきちんと考えたことしか口にしない人だ、と思ったからでしょう。余計なお世辞とか自分の立場とかを勘定に入れずに、そのことの本質に必要なことを選んでいく人だと思ったからでしょう。
柏木さんとは一冊の本をご一緒させていただきました。井上由季子さんの『文房具で包む』。井上さんの生真面目さと文房具に抱いている独特のおかしみを、柏木さんは本という器に過不足なく盛り込んでくださいました。見ていただけばわかりますが、それはもう井上さんがそこにいるかのような佇まいの本です。デザインという道具はこのように使えるのだと、言葉少なく決然と、でもそよ吹く風のように柔らかに宣言しているような本です。
何かの話の拍子に柏木さんが「私ね、ここに越す前は根津神社のすぐ脇に住んでいたのよ」とおっしゃったことがありました。「ふるーい家だったけれど、春にはほら、あのつつじでしょう? きれいでねえ」と、ちょっと頬を高揚させて話される様子を思い出します。そのお話をうかがったときに、ぼくは柏木さんのことを好きになったのだと思います。自分の住まいを愛している人は、何よりも信頼できると思っています。柏木さんはそういう方でした。/丹治史彦

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このページの一番上の写真の左下に、小さくてかすれそうな柏木さんの文字があります。

   未来の魂へ向けて、学ぶこと。
   逃げずに。

柏木さん。
あなたがここを離れてから、
日本はこんな場所になってしまいましたよ。
そこで僕たちは生きていきます。
まだまだ、きっとあと何十年も。
そこで、
未来の魂へ向けて、学んでいきます。

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