草日誌

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2011年10月29日

世界はうつくしいと

長田弘という詩人がいます。
この詩人は僕の前にまず『ねこに未来はない』の著者として現れました。
中学生の頃でした。
絵本や童話の世界から本の世界に一歩一歩、こわごわと踏み出しはじめた頃、長新太さんの絵に導かれて出会ったことを覚えています。
そのあと高校生になり、よく遊びにいっていた喫茶店で『深呼吸の必要』に出会い、ひとり暮らしをはじめた頃に『食卓一期一会』に出会い、結婚した頃に『記憶のつくり方』に出会いました。
『本という不思議』『死者の贈り物』『人生の特別な一瞬』『人はかつて樹だった』『世界は一冊の本』『本を愛しなさい』……

けしていい読者とは言えないと思いますが、こうやって振りかえると長田弘さんの言葉は気がつくとずっとそばにありました。自分の足ともに不安を感じたときに、世界はお前をみているよ、といろいろな言葉で教えていただいたように感じています。編集という本との繋がりの中で人生の大半を過ごしてきた自分にとって、とくに長田さんの書く「本」についての言葉は大きな支えでした。

今日は、長田さんの『世界はうつくしいと』という本からの一節を紹介させて下さい。引用をはじめると、一冊まるごと書き写したい衝動に駆られてしまいますので、ひとつだけ。
「なくてはならないもの」という詩です。感想などは書きません。読んでいただいて、気になったら、ぜひ本を探して手に取ってみてください。

  なくてはならないもの

  なくてはならないものの話をしよう。
  なくてはならないものなんてない。
  いつもずっと、そう思ってきた。
  所有できるものはいつか失われる。
  なくてはならないものは、けっして
  所有することのできないものだけなのだと。
  日々の悦びをつくるのは、所有ではない。
  草。水。土。雨。日の光。猫。
  石。蛙。ユリ。空の青さ。道の遠く。
  何一つ、わたしのものはない。
  空気の澄みきった日の、午後の静けさ。
  川面の輝き。葉の繁り。樹影。
  夕方の雲。鳥の影。夕星の瞬き。
  特別なものなんてない。大切にしたい
  (ありふれた)ものがあるだけだ。
  素晴らしいものは、誰のものでもないものだ。
  真夜中を過ぎて、昨日の続きの本を読む。
  「風と砂塵のほかは、何も残らない」
  砂漠の歴史の書には、そう記されている。
  「すべて人の子はただ死ぬためにのみ
  この世に生まれる。
  人はこちらの扉から入って、
  あちらの扉から出てゆく。
  人の呼吸の数は運命によって数えられている」
  この世に在ることは、切ないのだ。
  そうであればこそ、戦争を求めるものは、
  なによりも日々の穏やかさを恐れる。
  平和とは(平凡きわまりない)一日のことだ。
  本を閉じて、目を瞑る。
  おやすみなさい。すると、
  暗闇が音のない音楽のようにやってくる。

      括弧内・フェルドウスィー『王書』(岡田恵美子訳)より

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