草日誌

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2011年9月1日

場所をもつということ

下北沢の淡島通りから西口に引っ越した fog linen work さんにお邪魔しました。5月には新しいショップお披露目のご案内もいただいていましたが、なにかと慌ただしい時期で結局レセプションにはうかがえず、そうこうしているうちに三か月も経っていました。

新しい場所は、1階がショップ、2階は撮影やイベントに使えるスペース、3、4階がオフィスという構成の新築のビルです。当初は元もとここに建っていたビルをリノベーションして使う計画もあったそうですが、使い勝手などいろいろ考えると、イチから建てた方が良い、ということになったそうです。関根さんとスタッフの皆さんの「こうしたら使いやすい」「こういう空間にしたい」という思いが詰まっているのでしょう、建物自体から気持ちのいい「働きたい!」オーラが出ているようでした。いい空間だなあ。

2003年のちょうど今頃、ぼくはアノニマ・スタジオの立ち上げをひと月後に控え、通常業務をこなしながら南青山のスペースの設計と工事とに明け暮れる日々でした。2007年の今頃は、7月末に越した蔵前の2階で仕事をしながら、一階のキッチンとガレージの工事を見守っていました。
こうやって自分たちの場所を作ることは、単なる事務所の移転や自宅の引っ越しとは違います。自分たちがそこに居着く以上に、その場にある流れを引き込み、根付かせようとする意志です。その場所への、人と、人が運んでくれる情報、空気の流れを作ることです。いままで流れがなかった場所に、目に見えない新しい川を通すような作業。この楽しさ(と同時に怖さも含まれますが)は、ほかのことではなかなか体験できない種類のものだと思います。
南青山時代のアノニマ・スタジオで、高山なおみさんの「すり鉢教室」を開いたことがありました。自分が使っているすり鉢とすりこぎを持参して、みんなで料理をする会です。たった15人ほどの参加者が集まる催しでしたが、「いま、表参道から手に手にすり鉢を持った15人の女の子たちがここに向かって歩いている」と想像するだけで、ドキドキと胸が高鳴りました。ファッションの街青山に、いま、明らかにそれとは異なる志向を持った人が、一カ所に集まろうとしている。かばんにすり鉢を忍ばせた15人が歩く軌跡が、キラキラと光って見えた気がしました。言ってみれば、それはひとつの革命的な瞬間でした。何を大げさな、と思われることでしょう。たしかに大げさです。ですが、新しい場所をゼロから作るということは、街に今までなかった川の流れを通す、ということでもあるのです。それは、街にとっても自分たちにとっても、ある種の痛みと高揚感が伴います。そうやって通されたその流れがその街にどう馴染むかで、その場所の愛され方が変わっていくのだと思います。

fogさんの新しい場所は、すでにいい具合に土地に溶け込みつつあるように見えました。 新しい場所が出来ることで街が変わり、場所の変化はお客さんの変化にもつながって、このブランドに新しい流れをもたらすでしょう。そうやってお互いに変化しながら移ろっていく。それが有機的、ということなのだと思います。改めて、たくさんの可能性を秘めた素敵な場所だなあと思いました。

人が、情報が、空気が、音楽が、水が、魂がすこやかに流れ移ろう場所。そこが澱むことがないように、流れに手を入れたり、見守ったりすること。巨視的に見れば、そんなお手伝いすることが、自分たちの仕事なのかなあ。
fogさんの新しいスペースにお邪魔して、改めて自分たちの仕事について考えました。
自分は何屋なのか? 何でも屋、でもいいですし、世界の使用人でもいい。編集という説明がしにくい仕事は、ますますつかみ所がなくなっていきますが、その仕事を何と呼ぼうが、そんなことは本当にどうでもいいと思っています。流れるべきものが、滞ることなく流れるようにすること。そういう仕事には名前なんて必要なくて、みんながどこかで、黙ってしていることのようにも思います。

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