草日誌

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2019年9月9日

第7回 映画とごはんの会
『越後二十村郷・牛の角突き』

信陽堂「映画とごはんの会」9月のプログラムが決まりました。
第7回の上映作品は『越後二十村郷・牛の角突き』です。

日時 9月28日(土) 19時上映開始(開場は18時30分)22時終了
会場 信陽堂アトリエ(文京区千駄木3-51-10-1F)
参加費 3000円(税込み、ワンドリンクと軽食付き)
定員 10名 → 予約満席となりました(9月27日追記)

この作品の舞台は新潟県山古志地域(旧山古志村)を中心とした「二十村郷(にじゅうむらごう)」。
40年ほど前の、貴重な労働力として、また家族として暮らした牛と人々の記録です。

【受付】← こちらから。
「お問い合わせ内容」に「上映会参加希望」、複数でお申し込みの場合は人数もご記入ください。

【予告編】もご覧ください。

「映画とごはんの会」は……
作品の上映と、そのあと1杯のお酒とおつまみをご用意した会です。

1)自己紹介は必要ありません
2)感想も求めません
とはいえ、映画を観たあとには浮かび上がるいろいろな思い、疑問があると思います。
ゲストに、民映研の創立メンバーでこの映画の撮影も担当した伊藤碩男カメラマンと箒有寛さんをお迎えします。
湧きあがる疑問には、博覧強記の伊藤さんが驚異の記憶力をもって答えてくださるはずです。

おつまみとごはんは「たまや」が担当します。

『越後二十村郷・牛の角突き』
1981年/41分/山古志村教育委員会委嘱/文部省選定
新潟県古志郡山古志村/小千谷市/北魚沼郡広神村

【作品解説】
新潟県の中央部に、かつて二十村郷(にじゅうむらごう)とよばれた地域がある。そして山古志村を中心にしたこの地城には、1978年に国の重要無形民俗文化財に指定された、牛の角突き行事が伝えられている。『南総里見八犬伝』に500頭の牛が3日にわたって闘ったと記された日本流の闘牛である。

この地域の牛は主として南部牛である。南部鉄を運んできた牛が農耕や運搬用に飼われ、さらには角突き用の牛になったといわれる。
雪の深い山古志村ではウマヤ(家畜部屋)は家の中にあり、牛は人とともに暮らす。二十村郷の牛の角突きは、単なる娯楽ではなく、作物の豊穣を願う行事のひとつとして行われていたものであった。

冬、角突きの道具作り。面網(おもづな)、鼻縄(はなぎ)、引綱、脚掛(あしかけ)綱を作る。面網は三色の布を巻きつけ美しく仕上げる。
3月、ウマヤまつり。牛の無病息災を祈り、神主さんにお祓いをしてもらう。
6月、角突きの行事が始まる。行事に先立って、餅を搗き、御神酒を牛にそそいで門出祝いをする。一番角突きは山古志会楊。他に山古志村虫亀(むしがめ)会場、小千谷市の小栗山(おぐりやま)会場、広神村の芋川(いもかわ)会場がある。

御神酒で場内が浄められると、勢子(せこ)たちが取り組みを決める。角突き楊では勢子が一切をとりしきる。いよいよ角突き。まわりで勢子が気勢をあげ、牛も必死に闘うが、牛が倒れるまで闘わせはしない。ころあいをみて牛取りが足に網をかけて引ぎ離す。どちらかの牛がひるんだ気配がころあいであり、牛を傷つけることはない。
山古志村をはじめ二十村郷の人たちの牛への愛情は深い。冬には牛にムシロを着せる。傷つけば治療をする。カワヤナギを煎じて薬にするなど、その治療法には雪国の人が伝えてきた知恵がうかがえる。
11月初旬のおさめの角突きが終わると、二十村郷は雪の季節である。
(民映研作品総覧冊子より)
©民族文化映像研究所

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