草日誌

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2014年9月30日

ごほうびについて

(とりとめのない話です。オチもありません)

今日は9月いっぱいで仙台の大学を退職する兄の代わりに研究室の後片付けをしてきました。
朝9時半からはじめた作業は、午後5時終了の予定を大幅に超過してしまい、ゴミを出して床掃除をして鍵をお返しできたのは19時30分すぎ。研究棟はまっくらでした。

兄は2012年7月に駅の階段で転倒して頭を強打、脳にひどい損傷を受け以後数ヶ月生死の境をさまよいました。今は意識ももどり自宅で療養していますが、言語と記憶はまだまだ快復の途上でかなりあやしく(はじめて知ったのですが、脳外科もリハビリ科も、言語機能や記憶の状況については、状況を調べることも回復へのアプローチも、まったく何もしてくれないのですね。これって普通なのかな?)、四肢をはじめとする筋肉系は長期間のベッド生活で著しく弱ってしまいました。手足の拘縮もひどく、リハビリをしてもここから歩けるようになるのか分かりません。それでも、退院から1年がすぎ、ずいぶん会話が続くようにはなってきました。

そんな兄の仕事道具でもある本や資料を処分することはかなりヘヴィでした。機械的に右から左に捨てていくのではなく、分からないなりに家に持ち帰るものと廃棄するものを判断していきます。当然、兄がこれまでの人生の大半を費やしてきたもろもろが詰まっていますから、見はじめれば重い。僕にも兄の生き方にはそれなりの思いがあり、だからこそ批判めいた感情も浮かんできます。一度迷ったら手が止まります。でも、夕方までには部屋を返さないといけない。悩んでいる時間はありません。今日は自分の作業に方針をたてました。
「内容を評価しないこと」と「自分の判断を信じること」
そのおかげで、一度も振り返らずに、悩まずに、最後まで駆け抜けることが出来ました。

ひと仕事終えて、母に終了報告の電話をかけながら、夜の仙台平野を眺めました。
時間が遅くなったので実家には戻らずこのまま東京に帰る旨を伝えると、母はしきりに「申し訳ないことしたね」と繰り返しています。
「せめてお寿司でも食べて帰れたらよかったのに」とも。
そうでした。今の時期、塩竈は「ひがしもの」と呼ばれるメバチマグロの水揚げが多く、美味しいのが手頃にいただけるのでした。
「おつかれさまのごほうびに」と、一瞬こころが動きました。
が、それもほんの一瞬。
自分に「ごほうび、ほしい?」と問いかけると、「別にいらない」と答えが返ってきました。

そうなのです。
最近、何かをやり遂げても、特に「ごほうび」がほしい、とは思わないのです。
お酒やお肉を摂らないので、そういう「ごちそう」感のある場所から遠ざかっていることも理由のひとつでしょう。
もともと物欲もそれほどないし、羽目をはずすして騒ぐことにも興味はないし。
自分でもずいぶん枯れたものだ、と思います。
さっき仙台からの新幹線の中で、なかば眠りながらそのことを感じてみました。
今日一日かけてしたことと、それに対する自分への対価のバランスについて。
つまり「ごほうび」とか「ねぎらい」が必要なのかどうか。

朝からのことを振り返っているうちに、じんわりとうれしい気持ちがつのってきました。
今日は、古い本やうつくしい本にずいぶん触れることが出来た。中身は読めないけれど、ドイツ語の組版にも好きなものとそうでもないものがあることを意識出来た。自分の紙や本の好みの底には、子どもの頃に父が持っていた(父もドイツ文学の人でした)これら洋書の影響は少なからずあることを知った。……などなど。
今日という一日がすでに自分にとっての「ごほうび」だったようです。
このところ仕事で出張が続いて、いちにちゆっくり休める日もあまりありません。それでも、自分でも不思議なくらいに元気です。それもきっと同じで、その仕事の中で出会う人や事柄や風景が、その土地の光や風が、水の味が、ぼくにとってはすでに、すべて「ごほうび」に違いないのです。しゃらくせー、と思われるかもしれませんが、生きていること自体が「ごほうび」とも感じているようです。
そう思いいたり、にまにましながら新幹線を降りました。

地面をしっかり踏んで生きている感覚と、いつも夢の中にいるような感覚が同時にあります。
だからでしょうか。
毎日生きている中で出会うことが、すべて「ごぼうび」に思えるのです。
自分でもおめでたいな、と思います。
でも、こういうおめでたさには、子どものころから憧れてもきました。
だから、これでいいのだ! と思います。

兄の身体のことだって、これからの生活のことだって、深刻になればどこまでも深刻になれる話です。重度の身障者と後期高齢者を抱えたこれからの暮らしに不安がないわけがありません。でも、なんだかどうにでもるようにも思っています。これはけっして投げやりなのではなく、前向きに「どうにでもなる」と思っているのです。

しばらくこの調子で生きていこうと思います。

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