草日誌

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2014年5月4日

啄木亭のこと

夜道を歩きながら、細い月を見上げていました。
暑くもなく寒くもない。気持ちのいい風がシャツに滑りこんできて、なぜか不意に高円寺にあった啄木亭というお店のことを思い出しました。
老夫婦とその息子さんの三人で営んでいた居酒屋で、ご主人は啄木の研究をされていたと聞いた覚えがあります。
小さな木の樽で飲む常温の「あさ開」がおいしかったな。これは二合入りですか? と聞いたら「うちは一合六勺(ご主人は「いちごうろくせき」と言っていた)」との答えが返ってきて、その「一合六勺」が格好よくてしばらく耳から離れなかった。ご主人のその声が聞きたくて、行くたびにわざと聞いたりして。
烏賊の黒作り(墨で和えた塩辛)とか、啄木コロッケ(お揚げの中に刻みネギとか茗荷とかを入れて焼いたもの)とか、確かじゅん菜とかばくらいもあった。焼き鳥は正肉のねぎまだけ。一年を通しておでんがあって、「おでんには茶飯」もここで憶えた。お会計をお願いすると、〆のシジミのお椀が出て、中にいる奥さんに「シジミふたちょう」と伝える声もよかった。
縄のれんをくぐると、むき出しの三和土の上に座面が縄編みの椅子が並んで、カウンターのほかに一席だけふたり掛けくらいのテーブル。その席に座ると、窓からの風が気持ちよかった。
そうか、その窓辺に吹いていた風が、ちょうど今夜のような風だったのかな。
いずれにしても、通っていたのは20代の半ばまで。お酒を飲んでいた頃のことは、まるで前世紀の出来事のようです。あ、これは実際に前世紀のことか。

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