草日誌

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2025年6月27日

ソラノマド|高山なおみ 
梅雨の晴れ間のお便り


 
 
| 梅雨の晴れ間のお便り |
 
 
 おはようございます。
 みなさんのところは、どんな空もようですか。
 神戸・六甲は今朝、大風が吹いています。
 びゅうびゅうごうごう、気持ちがいいくらいに。
 窓の外の木々は枝をしならせ、いろんな形をした、いろんな色の葉っぱが、いっせいに裏返っています。白っぽい緑、黄緑、銀色がかった緑。
 ゆうべは雨が降ったので、明け方には龍みたいな黒い雲が空の上にたれこめていたけれど、この大風でどこかに飛んでいってしまったみたいです。
 天気予報によると、今日は梅雨の晴れ間。

 この間の朝、ちょっとおもしろいことがありました。
 その日は週のはじめのゴミの収集日で、私は寝ぐせ頭のまま、マンションの裏口の扉を開けました。するとちょうど、同じマンションの住人が犬の散歩から帰ってきたところ。お互いに寝ぼけた顔つきで、「おはようございます」と声をかけ合いました。

 ゴミを捨て、玄関の方から戻ろうとすると、自動ドアの向こうに立っていたのは、湯沸かしポットやお茶菓子、着替えなど、大きな手提げ袋を両手に下げた6階の文子さんです。
 文子さんは毎週月曜日、大阪の施設にいるお母さんとの面会のために、朝早く出かけるのです。
 私たちは「おはよう」を言い合い、世間話をしながら駐車場まで荷物を運ぶお手伝い。

 ちょうどそのとき、駐車場の向かいの家の奥さんも、ゴミ袋を抱えて出てきて、「おはようございます」。
 するとこんどは、ファビオ(文子さんのパートナー)がダンボール箱の荷物を抱え、駐車場にやってきました。
F「Good morning. how are you」
私「I’m fine」
 そのあと、文子さんを見送った私たちは、お天気について話しながらマンションに戻りました。
私「It’s not so humid today(今日はそれほど湿気がないね。と言っているつもり)」
F「Yes. It’s cooler than yesterday」
 ただ、それだけのことなのだけど、梅雨の晴れ間の1日がはじまろうとしている朝、なんだかストレッチをしたみたいに心がやわらぎ、清々しい気持ちになったのです。

 東京に住んでいたころ、私はご近所づき合いをほとんどしてきませんでした。軽い挨拶くらいはするけれど、世間話は大の苦手。
 それほど親しくない人に、何を、どんなふうに、どんな声で話したらいいのかよく分からなかったのです。ちょっとそこまでスーパーに出かけるのにも、髪を整え、お化粧をして自転車に乗りました。
 多分それは、人と人との距離のとり方のこと。
 私は自分で、距離をひねり出そうとしていたのだと思います。

 神戸に来てから私は、見ず知らずの誰かから声をかけられても、短い世間話ができるようになりました。スーパーで買い物をしているときでも、レジの方に明るい声で応えられます。
 年をとって、ずうずうしくなったからかもしれません。でも、そうすると、相手との間にやわらかな空気が生まれ、ちょうどいい距離ができるみたい。
 距離は、作るものではなく生まれるもの。
 ふと、そんなことを思った、梅雨の晴れ間の朝です。

〈 了 〉

文・写真 高山なおみ

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