草日誌

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2011年9月14日

ロルフィングで感じたこと
session 5

ロルフィングセッション5回目。

まず前回からの変化、というかロルフィングを受けはじめてひと月の変化を。
まず、フラがますます楽しくなっている。
楽しいのは以前からだけれど、たぶん、足回りの動きにスムーズさが出てきたのだと思う。自分が思った動きと実際のからだの動きが、ほんの少し近くなってきたのかも知れない。実際に踊ることが楽しく、頭の中で踊りをシミュレーションすることも、いつもよりも楽しい。想像していてもからだの動きが漠然としていたものが、最近は体重移動や重心の変化、テンションのかかり方をかなりリアルに想像できるようになってきた。これは特に目指したことではないので、さらに楽しい。逆に、いままでどれだけからだの感覚がわからずにいたか、ということでもある。
もうひとつの変化は、排便の調子がとてもいいこと。
これは夏から秋への季節の変化をからだが乗り越えた、ということかもしれないけれど、盛夏の間、自分にしては排便の間隔が開き気味で、しかも一回の排便も今ひとつ納得できるようなものではなかった。
それが先週末くらいから、気持ちよい状態になっていることに、今朝、気づいた。いいなあ。

今日は腸腰筋へのアプローチ。
先生が腸腰筋はどの部分かを本を指して教えてくれる。
ベッドに仰向けに寝る。
まず右膝を立てる。膝から下の骨の重さを、くるぶしの間の骨に預ける。
脚と腹部にかすかに触れられているが、あいかわらず何をされているのかは、よく分からない。全体の感覚としては、頭が上の方にゆっくり引っ張られるように伸びる感覚。
階段を上る時のように右の足の付け根を引きつけて、左足は下に延ばす。
ほんの少しの動き。本当にほんの少し意識して動かしただけで「はい、いいです」と言われる。たぶん動いているのは3センチにも満たない距離だと思う。
骨盤の中を、きゅっとひねるような、絞るような感覚。
からだは、右側に広がっている感覚がある。特に耳の感覚が広がっていて、まるでダンボの耳になっているような感じ。

このあたりから、二つのイメージが広がる。
からだの中に何人かの人がいて、一生懸命話し合っている。
最初のセッションの時に現れた、聞き分けのない小心者の「せっかくまとまったのに、またばらばらになるのは勘弁してくれ〜」「え〜、そんなことをされたら困るんだなあ」とぶつぶつ言っていた小鬼ではなく、もう少し人らしい感じの存在。雰囲気としては木場あたりの職人さんたち、という感じ。
「なるほどな、そういうことがしたいのか。おし、わかった。な、それなら俺たちも協力しようじゃないの」というところで、折り合いがついた様子。セッション5回目にして、からださんと合意成立。
「おう」「おう」とみんな口々に賛意を示し、そうとなったら黙ってすることをするぞ、という心意気がからだの奥から浮かび上がってくる。初回に感じた、からだの深いところから浮かび上がるうっすらとした恐怖とは大きな違いだ。
もうひとつのイメージは、長い長い坂道を上からのぞき込んでいるイメージ。
場所としては屋久島の白子のトンネルを抜けて、吉田の浜へ向かう西に向かう坂道。
その坂道をゆっくりとゆっくりと、滑るように降りていく。西日がまぶしくて、乾いた海風が昇ってくる。とても気持ちがよい。

左右の体を入れ替えて、同じことをする。
左半身は広がる感覚、というよりは内側に向かってくるような感じ。
時折、からだの奥からぐぐっと引っ張られるようにからだが動く。痙攣と言うほどではないけれど、かなり大きな内側からの力。
両膝を立てて、前回と同じような頭を左右に振る。
この動きは、前回は内臓とからだの中の水が、首の左右運動に動きにあわせて「ざざーっ」と流れて、とても気持ちよかった動き。今回もそれを期待して動かしてみたが、様子が違う。
中の水が流れない。いや違う。流れてはいるのだけれど、前回のように「ざざーっ」と流れるのではなくて、水の粘度が上がっていている。ゲル状というか。その水の動きを追っているうちに、からだの中心に芯が生まれていることに気づく。太さで言えば13センチ程。イメージではボンレスハム。そのくらいの太さの密度の高い芯がからだの中心にできている。
呼吸に意識を向けると、深い呼吸はできているけれど、吸う時に8割くらいでリミッターがかかっている。
そこまで吸うと、右の胸骨と肋骨の境目の辺りに痛痒い感覚があって、そこで止まってしまう。
ベッドに腰掛ける。
からだが全体的に後に引かれる感覚がある。
頭も背中も、流線型になって風や水が目の前から後ろに流れている感覚。
呼吸のリミッター感覚は寝ている時よりも強い。
座面が回転する椅子に移り、顔の向きはそのままに左右の膝を交互に出す動き。
先生が肘(見えていないので想像)を背骨の脇に添えて、膝を左右に出す動きを数回繰り返す。背骨の左右にある「シリンダー」を意識して、と言われたような気がする。
呼吸にまだ「吸い切れていない」感覚は残るけれど、リミッターになっていた痒痛はなくなっている。
立って歩く。
前回はセッションのあと、一歩一歩足を踏み出すごとに左右に体重が逃げていくような感覚があった。最初違和感と感じ、そのうちに安定感と感じていった、あの土を踏む感触。けれど、今回はその感覚は消えている。
かわりに、さっき感じたからだの中心にある密度の高い芯を中心に歩いている感覚がある。
先生のサポートを受けて、みぞおちと臍の間の左右の深いところの筋肉を意識して歩き出してみる。
足の踏み出すと、その深い筋肉が連動しているのが分かる。
「どうですか?」と聞かれて、思わず笑ってしまった。
こんなところから脚がはじまってるんだ。
意識しはじめると、深いところのつながり、連動が意識できる。それが面白くて笑ってしまったのだ。
これが大腰筋の感覚だそうです。
前回は足の付け根が骨盤上部まで上がった感覚があったけれど、今回はさらに高く、みぞおちの奥のあたりから歩き出している。歩幅は変わっていないだろうけれど、一歩一歩が大きくなった感じがある。
今回のセッションは、からだがダイナミックに動いている感触を感じられた。

終了後、田畑さんと少し立ち話。相方の井上は以前、田畑さんのロルフィングのセッションを受けています。その後井上は大きな病気に突然襲われて手足の筋肉と神経が大きなダメージを受け、いっときは手足がまったく動かず、同様に消化器系もズタズタで体重は30キロ台まで落ちました。完全な寝たきりでした。
そのあとの壮絶なリハビリと、手足の筋力の目覚ましい快復。リハビリへの意欲と、からだのポテンシャルへのあの信頼感は、もしかするとロルフィングのセッションを受けていたことも関係があるかもしれない。先が見えないリハビリの毎日の中で、まだからだの表面には表れないけれど、確実に深層で起こっている微妙な変化を感じて、そのかすかな変化の感覚を信じて、彼女はリハビリに向かっていっていたのかもしれない。そのからだの微細な変化を受けとる感性は、もしかするとロルフィングからもたらされた部分も、幾ばくかはあるのではないか。本人はそんなこと露ほども意識していないかも知れないけれど。そんなことを話しました。

次回はどんな変化と気づきがあるだろう。

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