2021年6月1日
〈革〉を中心とした素材から、何ものにもとらわれない唯一無二のアプローチで靴、バッグ、椅子など作品を作り続ける作家・曽田耕さん。
この冊子は2018年1月、新潟・エフスタイルで行われた「SODA KÔの造形」展の開催にいたるまでの、作家・曽田耕と企画者であるエフスタイルの協働の足跡をまとめたもの。展示初日に行われたトークを軸に、作品、制作風景、展示の記録写真などで構成されています。
モノを通して伝えたいと互いに共有したメッセージや、
ご来場者から得られた共感も、
展示会場に並んだモノたちと同じくらい、私たちにとって大切な作品のようでした。
手探りのかけら、対話、眼差し、信頼、遊び、謙虚さ、態度、姿。
それらすべてが、形あるものの素になっているということ。
冊子「SODA KÔの造形」は、
展示の背後にあったもうひとつの作品を形にしようと試みた一冊です。
エフスタイルは、五十嵐恵美さんと星野若菜さんが山形の東北芸術工科大学を卒業後、地元新潟でスタートしたデザインスタジオ。二人は自分たちの仕事の在り方を「日本の技術を普段着なプロダクトに変換する」と表現する。具体的には、新潟や山形などの地場産業や職人と協働して、企画から流通までの「製造以外」の部分を一貫して請け負う。分かりやすく言えば「プロダクトデザインスタジオ」ですが、実際の業務を見ていると、企画・製造管理・在庫管理・プロモーション・流通・接客……まさに「製造以外のすべて」です。
エフスタイルの活動はそのような自社商品の企画販売にとどまらず、新潟市女池愛宕にあるショールームで年に数回、企画展や音楽会を開催しています。
2018年1月には曽田耕さんを迎え「SODA KÔの造形」展が開かれました。
私たちはアノニマ・スタジオ時代に『エフスタイルの仕事』を企画・編集したご縁で、2005年からお二人との交流を持ち続けてきました。この冊子の制作も、展示がはじまる数ヶ月前に相談を受けました。エフスタイルのお二人は展示の準備のために曽田さんと言葉をかわし、試作品をやりとりする中で、「展示だけでは伝えきれない何かが起こりつつある」と感じたのでしょう。展示初日に予定しているトーク、作品や展示の記録、準備段階の往復書簡と共に冊子にまとめることを計画しました。
展示初日に行われたトークは真摯かつ和やかで、笑い声がたえない時間となりました。
たとえば、「ものをつくる」とは、どういうことなのか……
それぞれ独自のアプローチで「もの」と向き合い、人に手渡すことを生業としているエフスタイルと曽田耕さんによる、スリリングで互いへの愛と尊敬にあふれた、二者の活動の根幹に触れる対話には、「ものづくり」をする人だけでなく、いまこの国で暮らす私たち生活者に響く言葉がいくつもありました。
曽田 靴のほかにカバンを作っているんですけど、持ち手があるじゃないですか。その持ち手が実用を極めていくとどんどんつまらない物になっていくっていう経験がすごくあります。これ言ってなかった。今思いついたことなんですけど、結局みんな肩に掛けたいとか冬はもう少し厚着しているからとか、ただ掛けるんじゃなくて片手で持って肘がこのまますっと入る長さがいいとか言うんですよね。ああそうかと思ってそういう物も作ってみたりしてたんですけど、そういうカバンは世の中にすごく多いんですけど、カバンとしてみると……よくないんですよねー。
星野 うんうん、わかる気がします。
曽田 いい物って、今カバンはいい物ないって言ったけど、いい物っていっぱいあるんですよね。自分が参考にしたいっていうか。
五十嵐 曽田さんのライバルの話。
曽田 言います?
五十嵐 どうぞ。
曽田 この間ここに来たときにお風呂セットを入れていたのが、産地でみかんなどを買うと入れてあるプラスチックの網状の物。ネットじゃなくってわりと形がしっかりしていて、しかもふたがカチャッとしめられる、一発鋳込みで作ったようなキッチュな物なんですけど、それにすごくあこがれるんですよね。革も布もそうですけど縫い目とか接合点は絶対に傷むんですよ。まあ当たり前なんですけど。それは靴とかを構築していくときのひとつの自分の手がかりでもあるんですけど、プラスチックはそこを一瞬で乗り越えるんですよね。接合点なし、一発、みたいな。しかもすごく安価で作れてみんな手軽に使っている。それは望むところっていうか目指すところ。それで「これライバルなんですよ」って話したんですけどね。まあそういう物もそうだし、そうじゃなくてもたとえば高速道路の橋とか、「ああこうやってここでワイヤーで吊ってこうなってんだ」とか、「そのためにはこういうアールが必要なんだ」とか。
星野 さっきもそういう話になって、たとえば座布団だったら、このサイズじゃ座らないけどこのサイズだったら座るし、いっぱい置ける絶妙なサイズだとか。一つの物に対してけっこういろいろ考えますよね。
曽田 尊敬したいんですよね。
星野 (笑)いいですね。
星野 曽田さんの作品はスピード感がいいですね、って展示をご覧になったお客様からの感想がありました。
曽田 さっきも言われましたね。
星野 スピード感というか、製造の現場で感じることですけど、普段トレーニングを積んでいる人って頭で考えるより先に体が動いての対処法が一番素直な選択だったりするじゃないですか。反射神経と似た。そこも曽田さんの造形に反映しているなあと思います。
五十嵐 さっきの違和感じゃないですけど、判断を濁すのは、自分が自分がって強く主張しちゃうからかもしれません。
曽田 だから空っぽになって受け入れてしまったほうが思いもよらない物ができる。もちろんそれは逆に違和感を増す結果になることも可能性としてはあるんですけど、もしかしたらよりよい物ができるかもしれない。で、悪い方の違和感になった場合は、またもう一手加えていけばいいわけで。加えるっていうかもうひとつ、なんでしょうね、もうひと作業入れる。で、違和感が消えるまでやるっていうことかな。そこはスピードですよね。
星野 わたしたちもイメージを作るときはやっぱり違和感だけが頼り。気になった所を消すために自分の作業を加えるみたいな。
ここからエフスタイルが曽田さんの「姿」に影響を受けた、という話に繫がります。
「この展示では、曽田さんの手から生み出される作品の素晴らしさ以上に、ものづくりに向かう〈姿〉に触れてもらいたかった」
のちにエフスタイルはこう語りました。
ものではなく、ものづくりに向かう姿の美しさ。
その言葉が、暗い道を照らす光に思えました。
対話の様子をどんどん引用したい気持ちになりますが、長くなるのでこのくらいに。
目次もご覧下さい。
2021年、エフスタイルは20周年を迎えました。
去る5月15日から5月31日までは「塚本誠二郎展・陶」が開かれていました。
おふたりが学生時代から影響を受け続ける作家、塚本誠二郎さんの陶器を中心とした作品展でした。
コロナ禍の期間、長距離移動は心配でしたが、この展示はどうしても見ておきたく、最終日の昨日、新幹線で新潟に向かいました。これを書いているいま、まだ興奮が冷めません。
20年を機に、自分たちの原点をふり返る企画?
そんな予測をいい意味で軽々と裏切る展示でした。
塚本氏の作品の圧倒的な存在感と、それを見せるエフスタイルの軽やかで自由なしつらえ方。
二十歳前後の彼女たちが初めてこの作家に出会ったとき、何を感じ、何を得たのか。
それからの20年以上、ふたりは何かを大切に温め続けてきたはずです。
そのことを想像せずにはいられませんでした。
20年前、エフスタイルのような仕事のあり方はこの世に存在しませんでした。
それでもふたりは、自分たちが感じている「違和感」を手がかりに、
あるすこやかな製造や販売のあり方を探り続けてきました。
そして、彼女たちが生み出してきた美しく魅力的な商品はどれも、私たち自身に消費のあり方を問いかけるものであり、暮らすことの価値観の更新を求めるものでもありました。
それはまだ誰も通ったことのない場所を、ふたりが一歩一歩踏み固めて歩み続けた歳月から生み出されたものです。
エフスタイルの仕事を何と呼べばよいのか。
20年たったいまでも、まだ誰にもエフスタイルのいとなみに名づける言葉を見つけられずにいます。
そのことが、彼女たちの独自性をもっとも物語っているように感じます。
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『SODA KÔの造形』
対話:曽田耕+エフスタイル(五十嵐恵美、星野若菜)
構成・編集・デザイン:信陽堂編集室
撮影:エフスタイル
印刷:博進堂
B5変形判並製(192×170ミリ)
オールカラー 96ページ