草日誌

草日誌

2020年9月8日

指を切る

先日、草刈りしていて鎌で指を切ってしまった。
こういう怪我をするときはたいてい「何がどうなった?」という訳のわからないうちに、すぱっとやってしまっている。
気がついたときは、左手の小指の先がさくっと開いていた。
痛くはないけれど、さらさらときれいな赤が流れ出る。使っていた道具と刈った草を片付けて、走井で傷口を洗う。くまに電話をかけてタオルを持ってきてもらい、さっと着替えて近所のクリニックに行った。
診察室に入ると、傷口を見た先生が朗らかに言う。
「この傷ね、私も縫えるけど、自分だったら形成外科の先生に縫ってもらった方がだんぜん安心だな。指先はチクチク細かく縫わなくちゃいけないので、やっぱり専門の先生にお願いした方がいいと思う」と、すぐに大学病院に紹介状を書いて持たせてくれた。
クリニックから大学病院までは歩いて10分ほど。暑いなか、流血の小指と共に10分。
「土曜日は11時で受け付け終了ですが」と初診窓口の方に冷たく言われるが、血の滲んだ紹介状を手渡すと先生に電話をしてくれて、無事に受け付けてもらえる。
大きな待合室で、待つ。かなり待つ。本を持ってこればよかったな。
途中、様子を見にきた看護師さんに「あれ? ご本人? ぜんぜん大丈夫そうね。もっと動転してるかと思いました」と言われる。
これくらいでは慌てません。
頭の中ではずっと渋さ知らずの「本多工務店のテーマ」が鳴ってます。
おなかすいたな。そういえば朝から何も食べていない。
今ごろ、OちゃんとYさんがうちにきて、半田そうめんを食べているころだろう。
そうだった。ふたりが来る前に草刈りをすませてしまおうと張り切っていたのだ。
おなかがぐうと鳴る。
そうこうしているうちに、診察室に呼ばれる。
「こんにちは〜 よろしくお願いしま〜す」と入ると、
「ああ〜 はい、指の方ですね」と二人の女性医師が迎えてくれた。
傷口を観察しながら「何で切りました? 鎌? 鎌で何してたんですか?」と聞かれる。
草刈りをしていたことを説明するけれど、わかってもらえたのか、どうか。
レントゲンを撮り、骨には異常がないことを確かめたあと、処置することになる。
麻酔を注射しながら、ひとりの先生が「痛いでしょ? ゴメンナサイね〜」と言う。
「いえ、痛くないですよ。切ったときもそのあとも、全然痛くはないんです。血はたくさん出たけれど」
と答えると、もう一人の先生に「それって、痛みに鈍いんじゃないんですか〜? 指先はかなり痛いはずだから」と言われる。
「麻酔、効いてます?」と傷のすぐ近くを針でツンツン。
「突かれてるのはわかるけど、痛くはないかな」
「麻酔がなかったら、これ、拷問ですよね」
気のせいか、だんだん扱いがぞんざいになっている? 
そういうのは嫌いではないので、まあいいけれど。
痛みはある程度コントロールできる。
「痛い」と思うと、意識がそこに集中するからますます痛くなる。なので、痛みを自分の外に置く。意識からいったん遠ざけると、少し痛みは和らぐ気がする。とはいえ、これも「ある程度」の痛みの場合。
そんなことを考えながら、チクチク縫っていただいた。
という訳で、今週は土曜日に抜糸まで、指に包帯を巻いています。
指を切ってからというもの、とても眠い。
眠いのでよく寝る。のだが、きまって探しものの夢をみる。
しかも見つからない。
黒酢(!)、靴、車のカギ、道、ロッカー、船、などなど。
関連があるのかないのか判らないけれど、人のからだとこころって面白い。
からだが傷を癒すために眠気を誘って休ませようとしているのだろうけれど、せっかく眠らせて見せる夢が「うなされ系」なのは、なぜだ?
それにしても、寝汗までかいて必死に黒酢を探している自分。
クラブハリエのグランシェフがわが家にやってきて「たんじさんの家の黒酢のソーダ割り、美味しいんだよね。あれが飲みたい」と言われたら、それはもちろん用意します。
なのに、黒酢が見つからない。いつもあるはずの戸棚になくて、キッチン中の棚の扉を開くが、なぜか扉の中にさらに小さな戸棚があって、その扉が見つからない。
黒酢がない。
途中で半覚醒になって、「黒酢がないんだよ〜 この扉、どうやって開けるの〜?」とくまに助けを求めていたらしい。何やってんだか、です、いろいろと。
小指が不自由だと、ふだん気がつかないことに気がつきます。
何かを持つときに小指がそっと触れてバランスをとったり、支えたりしている。
紐をむすぶとき、封筒に糊を塗るとき、もの差しを押さえるとき、小指は人知れずいい働きをしていた。
傘をさすにも力が入らないのは小指が握れないからだ。
家の中、電車やバスの中を移動するときには、壁や椅子などと触れるか触れないかの距離で、小指が猫のヒゲのようにまわりとの間合いを計っている。
そして、ページをめくったり紙の束を数えたりするときにも、小指は名づけられないような絶妙な動きをしていた。
そもそも切った時も、手探りで束ねた草を鎌で刈る一連の動作の中、小指から次の草を探る、そのタイミングと右手の鎌との動きとほんのちょっと、多分コンマ数秒ほどずれて、切ってしまったのだ。
いまは小指の包帯から、夕食のあとにむいた桃の香りがしていて、しあわせです。
今夜は桃の夢を見たいものです。

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