草日誌

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記事一覧

松井至|人に潜る

人に潜る 最終話
 想起するまなざし 

2025年03月22日

子どもの頃、真夜中に目を覚まし、暗闇で何も見えなくて腕や顔を手でまさぐってもそれが誰なのかわからないことがあった。 そんな時、急いで昨日までにあったことを思い出した。 食べものから立ち昇る湯気について。 たわいもないこと…

人に潜る 第10話
 うたうかなた|前橋④

2025年03月08日

【 8 血の肉の塊 】 15時の送迎の時間が過ぎて誰一人いなくなり静まり返ったアトリエの窓から夕陽が射すと、光の中で描きかけの絵やなにかの形になろうとしている途中の粘土が人目を盗んで動き出そうとしている予感がした。 その…

人に潜る 第10話
うたうかなた|前橋③

2025年02月22日

【 5 跳躍 】 アトリエのある倉庫の入口に立つたびに暗闇からこちらに向かって走ってきて、ものすごい脚力で飛び跳ねる男を見る。頭を振り、手を叩き、単語を叫ぶ。激しい風が吹き過ぎるように赤井俊太さん(25)とすれ違う。忽然…

人に潜る 第10話
うたうかなた|前橋②

2025年02月08日

【 3 雲をつかむ 】 うわー……どこ見て…… 松井さんを見て話してる感じでいいんですか? 茶色い天然パーマの頭髪にTシャツとデニムの出立ちの男が照れくさそうに座る。 背景の壁には色鮮やかな絵が数枚、机には作りかけの立体…

人に潜る 第10話
うたうかなた|前橋①

2025年01月25日

【 1 標本箱と不死 】 友人がひとり、この世を去ってもう2ヶ月になる。 あの日、山奥で農家の老夫婦のいつまでも終わらないのどかな稲刈りを撮っていた。「昼にすべか」と呟いてゆっくりと軽トラに乗り込むふたりを見送って、よう…

人に潜る 第9話
光を読む|映画『私だけ聴こえる』③

2025年01月11日

あなたはコーダのことをまったくわかっていない モスクワで行われたろう者の国際映画祭で観客の一人からこう言われた。『私だけ聴こえる』を上映した直後、劇場を歩いていたら50代後半くらいの男性が強張った顔でこちらを睨にらみつけ…

人に潜る 第9話
光を読む|映画『私だけ聴こえる』②

2024年12月28日

2016年、アシュリーと共にSNSでアメリカのコーダ・コミュニティーにアンケートを拡散し、回答してくれた子たちに連絡をとっていった。ショッピングモールの買い物をした帰りのハイテンションな女の子とスカイプが繋がったとき、彼…

人に潜る 第9話
光を読む|映画『私だけ聴こえる』①

2024年12月14日

カーテンを閉め切った暗い部屋に籠って一ヶ月ほど作業をしていたから、ひさしく光を浴びていなかった。部屋の空調の音、台所の換気扇の音、表通りの車の音、鳥の声……そんなふうにひとつの画の中に五つも六つも音を付け足して多重化する…

人に潜る 第8話
田んぼに還る|西会津 ⑧

2024年11月23日

【 民 話 】 朝から晩まで映像を見て眠る。夢の中に画がやってきて、音が鳴り、声が聞こえる。目が覚めると編集台でそれを実行する。夢でつないで現実で後を追う。物語を造形するのは映像の中の他者たちなのか、彼らを読み取ろうとす…